文字サイズ

第3回
医療現場はなぜiPadを受け入れたのか?

今や医療現場において手放せなくなったiPad。なぜそこまでの存在になったのか。その理由に迫る。

  • 医療現場でiPadが人気だ。

    米リサーチ会社のManhattan Researchが2011年に発表した報告書によると「米国の内科医の75%がiPhoneやiPad、あるいはiPodなど、Apple製品を所有している」という。

    同じくManhattan Researchが2012年に、EU諸国(ドイツ、フランス、イタリア、英国)の内科医1207人に向けてネット調査した結果、「iPadを所有する内科医のネット利用時間(業務関連)の27%はiPad上である」というデータが出た。

    病院で一括購入する例も見られる。2011年、12,000人の従業員を抱えるカナダ最大のオタワ病院(Ottawa Hospital)では医師や研修医、薬剤師などに向けて、約3,000台のiPadを購入した。

    同病院のCIOを務めるポッター氏は、「iPadのタッチスクリーンは効率性が高いし、iPadなら従来のコンピュータよりも断然コスト節約になるからね」と語っている。

    規模は北米や欧州ほどではないが、日本でもiPadはタブレットの中で群を抜いて人気を得ている。

    2011年10月に株式会社QLifeが全国の医師300人に向けて行った調査によると、タブレットを利用している医師は全体の19.7%で、そのうち83.9%がiPadだった。なお、タブレットを今後購入予定と答えた医師は全体の16.3%だった。

    タブレット端末はiPadだけではない、Andoroid製品もあれば、Windowsもある。にも関わらず、なぜ医療関係者たちは、揃ってiPadを選んでいるのだろうか?

  • 医療現場に自らiPadを売り込んだApple

    実際のところ、AndoroidやWindowsのタブレットやスマートフォンは、Apple製品に比べて際だって出来が劣っていると言うわけでない。そうした中、医療現場でiPadがこれだけのシェアを誇っているのは、Appleが自ら自社製品を医療現場に売り込んだことにある。

    仕掛け人の名はAfshad Mistri氏。医療分野を担当するマーケティング・ディレクターだ。

    同氏は2011年9月、iTunes上に医療関連のページを設け、医療分野のアプリをつくる一部の開発者に売り込んだ。さらに同年11月には、カナダのバンクーバー、カルガリー、モントリオールの各都市で、iPadの利用について検討している医療専門家向けに招待制のカンファレンスを開催している。

    Mistri氏は積極的に医師達に接触した。もっとも、あくまで汎用のデジタル機器としてiPadを売り込んでいたようだ。特定の医療目的に使う機器としてiPadを売り込む場合、FDA(食品医薬品局)の規制に抵触する可能性があるためだ。

    それでも、Appleが自ら法人に向けて製品を売り込むことは、極めて異例なのだと言う。ジョンズ・ホプキンス大学で放射線医学を専門としているElliot Fishman(以下フィッシュマン)教授はこう語る。

    「Appleは基本的に、特定のビジネス分野の市場は狙わない会社なんだ。そんな会社に『医療分野を担当するマーケティング・ディレクター』なんてのがいることだけでも、ふつうじゃないって分かる。その事実が、この取り組みに対するAppleの姿勢の違いを物語っているんだよ」

    Appleは、医療現場にiPadを普及させるという取り組みをひそかに進め、そしてその作戦に成功したのである。先述のフィッシュマン教授もその1人で、iPadを使ってCTスキャンの結果を毎日50〜100枚も分析しているという。

    「iPadのおかげで、時間や場所に関係なく診療ができる可能性が広がったんだ。病院にいないときはたいてい、iPadを見ているね。」(フィッシュマン教授)

  • 医療現場のタブレットはPDAからiPadへ

    もっとも、医療分野にはじめてモバイル端末が持ち込まれたがiPadだった訳ではない。古くから医療現場では、適切な判断をするために必要な情報の参照や入力のできる携帯端末を求めてきた。

    その代表格がPDAだ。1996年、マサチューセッツ総合病院とブリガム病院のレジデントがニュートンというPDAを常時携帯した。そして、この端末は医療情報を利用するものとして有効であると発表したのである(なお、このニュートンもApple製品)。

    以来、PDAは爆発的に病院や救急救命センターに普及していった。2002年4月に米AvantGoが行った調査では、米国の医師の92%がスケジュール確認や医薬品情報へのアクセス、医療雑誌を読むなどの用途で1日に複数回PDAを使っていると発表している。

    日本においても医療現場の一部業務を電子化し、業務を省略化したりサービス提供を迅速化するものとして「オーダリングシステム」が進められ、医療用のPDAがバーコードによる3点認証やバイタル入力などの用途で使われるようになる。

    しかし医療現場で大きな貢献を果たしたPDAにも弱点があった。機能拡張の余地が少ないために利用可能な業務が限定されること、医療用のPDAは価格が高く、費用対効果が低いことなどだ。

    そこに、医療用PDAのおよそ3分の1で購入できる、iPadが登場したのである。

    従来のPDAや携帯電話では、利用できるアプリケーションがキャリアの提供するコンテンツに限定されていた。しかしiPhoneやiPadではアプリケーション開発環境がオープンであるため、一般ユーザーが各々作ったアプリケーションを公開し、また利用することが可能となった。

    そのため、ユーザーはこれまでと比較にならない数のアプリを利用できるようになった。診療に役立つようなiPad向けのアプリが世界中で数多く開発されていたことも大きい。

    通信速度も高速で適用エリアも広く、診療中や回診中の際も、容易に「PubMed CLOUD」などの医学文献サービスや診療ガイドラインにアクセスすることができた。

    また、患者さんとのコミュニケーションツールとしての利用価値も高かった。

    iPadを使っての説明では、位置やディスプレイの角度が完全に自由になる。患者さんと一緒にディスプレイを覗き込んで説明したり、説明用の自作の資料や動画をiPadに取り込んで、患者さんに持たせてじっくり読ませたりといった使い方が可能になったのだ。

    自作の資料を用いた説明だけではなく、医療用のアプリが充実しているため、患者説明に有用な多くのアプリを入手できる。カルテ情報の他、検査結果の表示、服薬栄養指導といった幅広い情報を、必要に応じてリアルタイムに提供できるのである。

    また、従来は診療室内でしか閲覧できなかった X線やCT、MRI画像などをリハビリ室など院内のどこからでも説明することができるようになった。iPadを用いた画像閲覧システムは費用対効果に優れていることが最大の長所だ。

    こうして、iPadを手に入れた医師たちは、家や旅先や病院の回診中など、どこにいても論文を読んだり、調べ物をすることができるようになった。

    病院側の中には難色を示すところも多かったようだが、結局受け入れざるを得なかったようだ。2012年時、ウェイクフォレスト大学薬学部の研修医だったウィンストン・セーラム氏はこう語っている。

    「病院側ははじめ、iPadを使わないようにと本気で言っていた。でも今では病院の方でも、ただ医者の要求を拒み続けることは不可能だって気づいてるんだよ。」

  • 手放せなくなったiPad

    iPadは学生や研修医の間で特に人気が高いという。もっとも、本職の医師にとってもiPadは利便性の高い機器であると同時に、ちょっとした心の支えにもなっているようだ。

    シカゴ大学付属病院では、研修医たちが28時間勤務の当番にあたったときなど、夜中にあたりの気配が静まったころになると、iPadを取り出すといったことが多いという。電子メールをチェックする者もいれば、動画を楽しむ者もいる。

    汎用性が高いために医療向けにも患者さんとの交流にも、自身の暇つぶしにも使える。あるいはiPadが医療現場でこれだけの人気を得たのには、こうした「遊びにも使える」ところにもあったのかも知れない。

 
本コンテンツを知人に勧める可能性は、どのくらいありますか?