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第7回
ビッグデータ活用が創り出す近未来ヘルスケアの世界

センサー技術、ウェアラブルデバイス、モバイル関連技術の進化やハードウェアの低価格化と相まって、企業や医療機関はより膨大な量のデータを扱えるようになった。
現在では医療の質の向上、効率化、医療費の削減などの効果を狙ってビッグデータ活用がクローズアップされている。ところが、ビッグデータ活用にはこれらの分野にとどまらない、より公共性の高い使い途もあるという。
今回はパンデミックを防ぐためのビッグデータ活用にスポットを当ててみよう。

  • パンデミックの拡大を防ぐためのビッグデータ

    (出典:flickr

    医療におけるビッグデータは、主に個人の健康や身体に関わる情報を扱う。病院をはじめとした医療機関が健康データを管理し、患者さんにそのデータから分かる情報を提供することで、病気や健康上の問題を予見する、というのが主な目的だ。

    個人にとっては、がんのような命に関わる病気を未然に防ぐ手立てのひとつとなる。また遠隔地や救急時など、患者さんの正確な情報が特に必要とされる局面において、適切な医療を提供することができる。医療の質が改善されることで、医療側の人的コストを軽減し、国家全体の医療費を小さくすることもメリットのひとつだ。

    しかし、医療におけるビッグデータの活用例は決して個人の医療にとどまらない。パンデミックを事前に予測する上でも、ビッグデータは活用されはじめているのだ。パンデミックの拡大をできるだけ早期に突き止め、拡大を抑えるために、各国家は比較的早期から予防対策と、流行の徴候を検知できるシステムの構築を行ってきた。

  • 流行の徴候を検知できるシステムを

    (出典:flickr

    2003年、米国で「BioSense」という公共衛生関連組織向けのシステムが構築された。これは具体的な疾病が診断される前に、病院や医療施設、研究所から集めたデータを分析し、その分析結果をリアルタイムで表示する、というものだった。

    またカナダでは、伝染病を監視するための世界公衆衛生情報知的ネットワーク「Global Public Health Intelligence Network」(GPHIN)が採用された。

    7カ国語で書かれた2万ものサイトをスキャンし、「熱」「咳」「疲労感」「病気」「インフルエンザ」といった病気の発生を暗示する出来事や噂をブログ・ニュースサイトなどの記録から探し出し、伝染病や病気の発生などをできるだけ早期に発見しようという画期的なシステムだ。

    GPHINはこの方法により、世界保健機関が使用しているものを含む他のどのシステムより6週間も早く、SARS発生の兆しを検知することに成功している。

    やがて大手IT企業も、こうした「公衆衛生システム」に着目し、進出するようになる。そのひとつがGoogle。伝染病専門の医師で、天然痘の根絶や失明の予防に取り組んだことでも知られるLarry Brylliant博士がGPHINのシステムに感銘を受けたことをきっかけにGoogle社に協力。伝染病の早期発見システムを構築する計画を立ててはじめたのだ。

    2006年2月、同社が新たに設立した慈善団体の責任者にLarry Brylliant博士が就任すると、GPHINをモデルとした伝染病の早期発見・対応システムの構築に関する協力を募った。同氏は2006年のTEDの講演でも、早期発見システムの意義をこのように訴えている。

    「私たちは、あらゆる惨事の兆候を早期に警告できるシステムを構築することが目標としています。たとえば鳥インフルエンザのような流行病やSARS(重症急性呼吸器症候群)のような新しい病気、バイオテロなどを初期の段階で発見し、素早い対応で封じ込めるシステムを作る必要があると考えているのです」

    同博士がGoogleとともにこうした取り組みをはじめたのは、国家から独立したシステムをつくる目的があったからだという。GPHINのシステムにはさまざまな長所があるが、政府や企業の干渉が受ける可能性もある。政府が関わったときには、国内で流行病の徴候が見られたときに、対応が遅れたり積極的でないこともまま見られたからだ。

    もちろん、GPHINよりも利便性の高いシステムにすることも目標のひとつだった。GPHINの自動巡回ソフトウェアが7カ国語に対応、2万件のウェブサイトのスキャンを行うのに対し、新しいシステムでは2000万ものサイトのスキャンを行い、数十カ国語で情報提供できるシステムを目指した。

    Googleはこのプログラムに思い切った資金を投じた。そして2008年、どの国家からも独立した早期発見システム「Google Flu Trends」(以下、GFT)が発表される。

  • Google Flu Trendsの高い機能性と問題

    (出典:Google Flu Trends

    GFTはユーザーのインフルエンザ関連のキーワードの検索数をもとに、各地のインフルエンザの感染率を世界規模で予測することができる。日本語でも「インフルトレンド」の名称で提供されており、検索動向との比較のために国立感染症研究所の公式データが用いられている。

    GFTの予測生成はハイスピードだ。米国のCenters for Disease Control and Prevention(CDC:米国疾病対策予防センター)では診察した医師のフィードバックに基づき、インフルエンザの予想を行っているが、CDCが1週間ほどの時間がかかるのに対し、GFTはわずか1日の間に予測を行うことができるのだ。

    2009年春には、新型インフルエンザの感染地域をほぼリアルタイムで正しく特定してみせた。この時疾病管理予防センターが全米の医療機関に症例の報告を求めたが、情報がセンターに届くまでは1~2週間かかるところだったのだ。感染拡大を抑える上で、予測のスピードは非常に大きな意味を持つ。

    しかし、その後GFTには「正確性が低い」という批判が寄せられるようになる。2009年、同システムは豚インフルエンザの大流行を予測できなかった。2013年2月には米Nature誌により、2012年年末に起きたインフルエンザの流行を実際よりも50%過大に予測したと報告された。

    2014年にハーバード大学の研究チームが発表したScience誌の調査報告でも、近年の気温データに基づく今の方法と同程度の単純な方法の方が、GFTの方式よりも正確性が高いのではないかと指摘された。

    同レポートはまた、「注目を集めるビッグデータの多くは、科学的分析に適した、有効で信頼に足るデータの生成を目的に開発された装置から得られたものではない」と批判している。今後GFTがより高度なアルゴリズムにより検索エンジンのデータを正確に分析し、流行感染症の予見をするかどうかは難しいところだ。

     

  • より正確で早期の発見が期待できるソーシャルメディア活用

    (出典:flickr

    もっとも、ネット上のビッグデータを活用した早期発見システムに希望がないわけではない。現在、TwitterやFacebookといったソーシャルメディアがより優れた早期発見システムになり得ると期待を掛けられている。

    Daily Mailは、米ロチェスター大学の研究チームが、ニューヨーカー60万人の440万回のTwitter上のつぶやきに関する調査を2010年に行ったと報じている。

    つぶやきの中から病気や体調不良を訴えるツイートを抽出し、体調不良のユーザー、交流している健康ユーザーを地図上でマーク。それにより、どの場所で風邪が流行していて、どれほどの速度で、どの地域に拡散していくかを分析できたというのだ。

    ソーシャルメディアは、検索エンジンよりも高速かつ機敏に機能する。

    また、一部の医療用のサービスでも似たような試みを行っている。Propeller Healthは、アプリ連動型の呼吸器疾患の治療キットを提供しているが、同社のサービスでは吸引キットを用いた場所をGPSでマッピングすることができ、どの地域で呼吸器疾患が多いか、地図上で閲覧できるようになっているのだ。

    情報提供者がサービスを利用している患者さんに限られるため、検索サイトやSNSなどからの情報を用いるよりも利用者の数がかなり限定されてしまうのが難点だが、より信頼度の高い情報を得ることができる。

    こうした個々の医療用サービスによって得られた情報を一括して取り扱うようになれば、より確度があり、より広範囲の対象からのデータを生かすサービスも現れるのではないだろうか。

  • 個人への医療にとどまらない医療×ビッグデータ

    ビッグデータは近未来のヘルスケアにどのような恩恵をもたらしてくれるのか。現在は、アプリケーションによる入力や電子カルテの情報、生体試料を用いた研究データなどを使って疾病を未然に予防したり、医療機関側の情報選択を効率化することに主眼が置かれている。

    しかし、集めるデータの種類と分析方法によっては、疾病の発生条件を特定することも不可能ではないだろう。それにより、病気の流行を予知し、それを防ぐという取り組みが行えるようになるのだ。

    それぞれの地域の医療関係者にとっても、流行の発生地域をリアルタイムで把握できる利点は大きい。各医療機関が前もって自分たちの地域の病気の流行などをチェックし、いち早い予防や治療に役立てることができるからだ。

    より円滑な公衆衛生をもたらし得るビッグデータ活用の進展に、これからも注視したい。

 
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