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第6回
ビッグデータは医療費削減につながるのか

米国では近年、日本と同様に医療費の増大が深刻化し、いかに医療費を抑制するかが大きな課題となっている。
医療費抑制をもたらすと期待されているもののひとつが、ビッグデータの活用だ。
たとえば患者さんの検診・医療データの大規模な収集と分析を行うことで、患者さんが病院に行くことなく
病気を予防でき、結果として医療費のコストが下がると言われている。
ビッグデータによる医療費抑制において期待される効果と実態をご紹介する。

  • 米国の医療費問題

    米国で医療費の増大が大きな課題となっている。

    OECDの調査によれば、2012年の米国の総保健医療支出(診療・治療や入院費などで構成される国民医療費に加え、人間ドックや健康診査、家庭で購入する医薬品や医療機器、保険適用外の移送費なども含んだ医療費)は約2.8兆ドル(約280兆円)、1人あたりの医療費は8,745ドル(約85万円)にも達している。

    また、2013年の1日あたりの入院費用は平均して4,293ドル(約43万円)であり、諸外国と比べると米国の医療費が群を抜いて高いことが分かる。また、IFHP(国際ヘルスプラン連盟)の各国の医療サービス価格の調べでも、米国だけが突出して医療費が高かった。(下図参照)

    (出典:IFHP

    上記のように米国では生活者の負担が大きく、重い病気にかかった場合、医療保険に入っていても多額の医療費を支払う必要がある。そのため医療費の支払い不能に起因する破産者も続出している。

    米国で医療費が高騰している背景には、同国の医療サービスが市場原理にもとづいていることが挙げられる。日本が医療サービス価格を点数制とし、全国一律価格としているのに対し、米国では医療保険の種類や地域により変動し、需要と供給のバランスで価格が高騰することがある。

    また、訴訟リスクが高いために、医師が医療過誤保険に加入し、訴訟を起こされた場合に備えてさまざまな治療前の検査を行っている。入院や手術を実施する際にも保険会社への事前承認が必要で、事務手続きにコストが発生するのだ。

    こうした医療費高騰への対策として、米国では予防ケアに焦点があてられている。

    その試みのひとつが、慢性疾患の予防だ。

    毎年亡くなる人の7割が心臓病、癌、糖尿病と行った慢性疾患によるもので、これらの疾患の治療に総医療費の75%が使われているという。そこで、Affordable Care Actという法律改正により、癌検診、血液検査、予防接種といった予防ケアについては、保険で100%カバーすることを民間の医療保険会社に対し義務づけた。これがいわゆる「オバマケア」の政策の根幹である。

    そしてもうひとつが、患者さんの診断や治療の判断にビッグデータを活用することだ。データ分析事業を行っている米Panoramaは、医療データの活用により業務効率を改善し、医療費削減につながると主張している。

  • ビッグデータをどのように医療費の削減につなげるのか

    (出典:flickr

    BigData Startupsは、医療データを蓄積したクラウドプラットフォームが低コストで質の高い患者ケアを実現するとし、ビッグデータによる医療コスト削減の例を5つ挙げている。

    1.治療期間の短縮による医療費削減

    患者さんの膨大なデータを集め、これを分析することで、より迅速で正確な診断を行うことができる。より正確で早期の治療が行われることで、患者さんの命を守ると同時に、医療コストを抑えることになるのだ。

    2.入院・再入院の減少による医療費削減

    患者さんの状態をリアルタイムで計測する医療デバイスを自宅や移動中に使うことで、自身の健康管理を行いやすくなり、病院に行く回数を減らすことができる。

    病院は患者さんのデータをリアルタイムで計測することで、病気を早期に発見でき、それが入院・再入院患者さんの減少につながる。

    ダラスのパークランド病院では、既にこうした仕組みを導入している。病気リスクの高い患者さんに自宅で装着できるデバイスをわたして、患者さんのデータを常時計測し、病気の早期発見につなげている。その結果、同病気の患者さんの入院期間を30%余り減少させることに成功したという。

    また金額にして年間50万ドル(約5000万円)の節約になったということだ。

    3.医師のパファーマンス向上による医療費削減

    患者さんのデータだけでなく、医師のパフォーマンスを効率的に把握、分析することも医療費削減につながる。

    この分野ですでに成果をあげているのは、カリフォルニアにあるメモリアルケア病院。同病院では、医師のパフォーマンス分析を行うことで、成人患者さん1人あたりの医療コストを280ドル(約2万8,000円)減少させ、年間で1,380万ドル(約13億8,000万円)のコストカットにつなげたという。

    4.リスク分類による医療費削減

    2のテーマとも共通するところだが、患者さんの重症度を分類することは、どの患者さんに集中的な治療を行うべきかについての大きな目安となる。高い病気リスクを持つ患者さんを見きわめ、早期に診断、治療を施すことで、将来起こりうる高コストの治療や入院を防ぐことができるのだ。

    5.薬物療法管理の改善による医療費削減

    薬物有害事象は、何千万もの患者さんの死や数千億ドルの損害を引き起こし、医療機関を悩ませてきた。その背景には、医師が手が回らないほどの数の患者さんに対して正しい薬物治療を行うよう対応せざるを得ないという事情があった。

    薬物療法管理にビッグデータを活用すれば、薬物相互作用、有害な副作用や添加物の毒性を、リアルタイムで識別しやすくなる。それにより、薬物療法についての共同管理が行いやすくなり、臨床医や臨床薬剤師の活動の大きな手助けとなると期待されている。

  • バイオテクノロジーの観点からも大きい、ビッグデータの活用

    (出典:flickr

    バイオテクノロジーの観点からも、医療におけるビッグデータ活用は大きな効果があるという意見がある。

    GENは、遺伝子情報の解析、臨床実験のデータ蓄積により、個々の患者さんに対して個別の医療を提供できるようになるとしており、3つの効果を挙げている。

    それは、研究開発データの統合による協力体制を築けること、より効率的で効果のある臨床実験ができること、そして臨床実験結果ごとの相関関係が得られることだ。

    つまり、病理学の分野において、臨床研究で得られたデータをかき集めれば、どんな疾患にどんな遺伝子を持った患者さんが罹患しやすいか、どのようにして予防などの対策をとるかを考えることができるのだ。

    臨床においても、EBM(Evidence Based Medicine)が普及し、科学的な根拠に基づいて診断される傾向は強まっている。そうした中で、ビッグデータのアルゴリズムもこの先欠かせないものになっていくだろう。

    今後も個々の医師の経験や勘が、患者さんを救う重要な鍵であることに変わりはない。しかし、医療の判断を助ける上で、ビッグデータ活用が大きな役割を担っていくにちがいない。また患者さんも、自分の疾患についてより詳しく知ることになるだろう。

    そして、こうした質の改善と効率の向上、予防などの対策、研究の回数の抑制といったことが、すべて医療費の削減へとつながっていくのだ。

  • 医療の質を改善し、それを医療コスト削減につなげるという価値

    医療部門のビッグデータ活用はまだまだ初期の段階だ。そのため、どのように運用すべきか、患者さんのケアの質を確保できるのか、新規ビジネスがどの程度成立するのかといった確証がない。

    米Mckinseyは、医療ビッグデータ事業によって年4500億ドル(約45兆円)、つまり全体の医療支出の約15%程度の医療コスト削減につながるのではないかと予測する一方で、医療業界でのビッグデータ活用が小売や銀行業に比べて遅れを取ったのは「患者さんへの懸念」が背景にあったと指摘している。

    その他にも、ビッグデータの収集方法、分析方法、データの信頼性といった問題もあり、前例のない中で、システムのあり方を模索している。ビッグデータが医療業界で活用されて行く上で解決すべき課題は決して少なくない。

    しかし、各方面からもたらされる「ビッグデータによる医療コスト削減」の提言や実例の報告には、大きな期待感がある。特に大きいのは、コストを削減するために医療の質を落としたり、医療事業者に負担を強いるのでなく、ビッグデータのさまざまな効果にスポットをあて、医療の効率や質を改善することで、医療コスト削減につなげるという道筋ができていることだろう。

    効率や質の向上と、医療コスト削減を両立させていく限り、医療分野におけるビッグデータ活用は今後より多くの人々からの支持を得ていくはずだ。医療が発展する上で、欠かせないツールとなっていくのではないだろうか。

 
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