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第3回
医療の姿を大きく変える「バイオバンク」

医療におけるビッグデータ活用の中で期待される効果のひとつが、検索エンジンのように、医師が知りたい情報を必要な時に引き出せるデータバンクの構築だ。
今回はそんな「バイオバンク」の取り組みについて紹介する。

  • (出典:flickr

  • バイオバンクを利用した医療

    一般の方々や患者さんからDNA、血清などを提供してもらい、それを「データベース」上に保管し、医療研究につなげる取り組みが、ここ最近注目を浴びている。患者さんの生体情報をもとにして、病気の予防や治療を行うことができるからだ。

    こうしたバイオバンクの取り組みは欧州から始まり、現在は世界各国で数多くのバイオバンクが設立されている。

    日本国内では、「バイオバンク・ジャパン」というプロジェクトが、2003年に、東京大学医科学研究所(東京都港区)内に設立され、約20万人分のDNA、血清、カルテの情報が厳しいセキュリティのもとで管理され、医療研究に使用されている。

  • バイオバンクとは何か?

    (出典:flickr

    OECD(経済協力開発機構)によると、バイオバンクは「ある人口集団におけるまとまった生物試料や関連するデータや情報を蓄積したもので、それが体系的に保管されているもの」と定義されており、医療におけるビッグデータのひとつと言えるだろう。

    一般にバイオバンクは、さまざまな医療情報(生活習慣、人体特性、治療歴など)や検査情報を調べるとともに、血液や尿、身体の組織の一部を収集・保存している。これらを研究し、病気の原因究明や新しい治療方法、新薬の開発など未来の医療のために役立てるのが目的だ。

    薬や毒物に対する感受性は生物によって異なるため、ヒトの組織を使って病気や治療法を研究する必要がある。検査や診断が終わった組織を研究に有効利用すれば、これまで動物を犠牲にして行っていた実験を削減するという効果も期待されている。

  • もっとも息の長いバイオバンク、「UK Biobank」

    (出典:flickr

    はじめに「バイオバンク」の試みを行ったのは、英国の政府公認の非営利団体「UK Biobank」だ。同団体は英国全土から40歳から69歳までの50万人に事業に参加してもらい、生活習慣や病歴などの健康情報や血液、尿、唾液などの生体試料を収集、保管したという。

    こうして英国中から集められたデータを分析し、研究することによって、疾患と健康につながる遺伝的な要因や生活習慣の要因など様々な相互作用や関係性を調べているのだ。

    例えば、25万人のデータを分析した結果、「父親が2型糖尿病を罹患していると、低体重出生児が生まれる可能性が高くなる」ことがUK Biobankの調査研究で分かっている。出生児が成長して将来慢性疾患にかかるリスクを予測するのに役立つ情報だ。

    研究の対象となる疾患は非常に多岐に渡り、癌、心疾患、脳卒中、糖尿病、関節炎、骨粗しょう症などの病気の診断や予防、治療のために情報が蓄積されている。現在もなお、随時調査が行われ、適時情報が更新されている状態だ。

    UK Biobankが収集しているデータの概要は、同団体のサイト上で閲覧可能だ。ただし、データを研究などに利用する場合は、バイオバンクの審査に合格した科学者にのみ提供することが定められている。

    利用を希望する科学者は、オンラインで登録を行うとともに、どのカテゴリーのデータや生体試料を希望し、どのような目的で使用するかの研究概要をつけて申請を行う。データや生体試料の利用は有償だ。

    なお、あくまでも情報収集を行うことが目的で設立された組織であり、健康診断を行う組織ではない。そのため、参加者へのフィードバックはほとんどなく、想定の結果健康状態でない場合も、別途医療機関で診察を受けるなどの助言に留めるのみで、その場で治療を行うようなことはないという。

    それでもプロジェクトに参加する人達は意欲的だ。UK Biobankのページでは、「将来の医療向上への貢献」を唱っているが、こうした同団体の活動の意義は参加者にも浸透しており、一度参加した人が再検査に参加する割合は50%とリピート率も非常に高い。

    バイオバンクの取り組みは、全国レベルの活動として信頼を得ていて医療を草の根から変化させているのだ。

  • 脳のMRIデータを集めた検索エンジンで診断を効率化

    (出典:flickr

    バイオバンクの利用例には、UK Biobankのようにありとあらゆる疾患データを集めるのではなく、特定の部位や症状に関するデータバンクを蓄積し、活用しているものもある。そのうちの1つが、MRIを活用したデータバンクだ。

    MRIは水素の原子核の磁気共鳴を利用して撮像しているため、水や脂肪を含む軟部組織の診断に利用される。特に脳を診断する際には頻繁に用いられているものだ。

    しかし、脳の診断をする為には、医師や放射線技師たちが何度も脳のMRI画像を確認することで経験を積むしかない。特に診断が難しいのが子どもの脳だ。

    そこで、ジョンズ・ホプキンス大学の研究者は、MRIスキャンの詳細なデジタルライブラリを構築し、子どもの脳のMRIデータ(画像データ)を医者が検索して参照できる、Googleのような検索システムを作ろうと考え、プロジェクトを進めている。

    ライブラリには、正常な脳、異常な脳を持つ子どもから収集されたMRIデータが集められ、特定の症例についてのMRIデータを必要な時にすぐ検索することができる。そのため、医師や放射線技師が子供の患者に適切な診断をすることが可能となり、病理学の理解を深めることができるのだ。

    同大学の教授Jonathan Lewin氏は、このように述べる。

    「脳障害と分かりづらかったもの、あるいは一般的な脳の病気で、これまでは知られていなかった徴候の分類や識別の助けとなるでしょう」

    「MRIデータのデータバンクは、ビッグデータの本格的な活用例となります。今後、多数の患者の医療データの中から、特定の情報をクラウドに引き出すことが、強力な分析手段となっていくはずです」

  • バイオバンクが浸透するために必要な運用と周知

    現在、データベースの整理、構築は非常に進んでいる。バイオバンクには、あらゆる疾患を包括する公認事業だけでなく、大学や企業もバイオバンクの構築を進めている。

    データが広く利用される時にやはり問題になるのは、データをいかに守り、運用していくかという点だろう。これまででも述べたように、ビッグデータを扱う上で、いかにセキュリティのリスクを回避しつつ相互運用性を構築するかという問題を無視することはできない。

    OECDのガイドラインでは、バイオバンクに生体試料を提供することで、提供した人や、その家族、その生体試料を使って個人を特定出来る人たちがいるため、データは慎重に扱い、リスクを最小限にしなければいけない旨が書かれている。

    また、バイオバンク特有の問題として、利用者や提供者からの理解や信頼が得られなければ、データバンクを長期的に維持していくことはできない、という点が挙げられる。

    日本でも「オーダーメイド医療の実現プログラム」と銘打って、約30万件の疾患データを集めて保管しているが、国民の理解を得ながら適切な形で利用されることが求められる。ビッグデータの情報収集や運営をより適切に進めるためには、人々の理解と協力が不可欠なのだ。

    UK Biobankでは、事業のPRとして「将来の医療向上」「バイオバンクに参加することで、家族や仲間の病気を助けることになるかも知れない」といった啓発を行っている。個々の医師や医療事業者が、各団体が進めているバイオバンクを患者さんに紹介したり、概念を説明するというやり方もあるだろう。

    適切な周知と運用がなされることで、バイオバンクは病気の原因究明や新しい治療方法の解明のみならず、医療事業者にとっても、学習や診断の参考や判断基準として大きな力となっていくはずだ。

 
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