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第9回
「PrivateAccess」で繋がる治験コミュニティ

医療において重要となるのが「患者のプライバシー」と「医療情報のアクセシビリティ」。
しかし医療サービスが同時にこれらを両立させることは難しい。
今回はこの2つを理想的なバランスで両立させることを目指して誕生した「PrivateAccess」をご紹介する。

  • (出典: PrivateAccess

    治療法がまだ確立されていない難病になったとき、自分で情報を得るにはどうしたらよいだろうか。

    現代社会でその選択肢の候補のひとつとして挙げられるのが、インターネット上にあるサービスを活用することだ。

    SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)が発達した昨今では、患者さん同士、あるいは患者さんと医師の間で情報を共有できるサービスも数多く存在している。

    中でも「 PatientLikeMe」は、患者さん同士で医療情報を持ち寄って膨大なデータベースを築き上げ、自身の症状に近い治験データを探し出して、より具体的な症状改善のヒントが得られる画期的なSNSだ。

    しかし、PatientLikeMeにも課題がないわけではない。このSNS内で交わされる医療情報はあくまで患者さんの経験から自分で有効性を判断するものであって、医師による診断や治療根拠に基づいた医療情報ではない、ということだ。また、個人情報を不特定多数に開示する性質上、悪用の可能性があるなど、プライバシー面のリスクも抱えている。

    PatientLikeMeに限らず、多くの医療関連のサービスは、提供された情報の信憑性や、プライバシーとアクセシビリティの両立といった課題を抱えている。医師・患者さんが詳細な情報を共有し、しかも個人のプライバシーが確保されるようなシステムは容易には作れないのが現状だ。

    しかし、上記のような課題を解消すべく取り組んでいる医療サービスもいくつかある。そのひとつが、閉じた形で医療情報を管理することで、個人のプライバシーを損害することなく、治験を求める研究者と患者さんとをマッチングすることを目標とする「 PrivateAccess」だ。

  • 個々のプライバシーを守りながらも重要情報を共有できるサービスを

    (出典: Photo Pin

    PrivateAccessを使えば、患者さんは、オンライン上で自分の健康状態に関する問題を匿名で記述し、どういう人たちにその情報へのアクセス権を与えるかを設定して、ウェブ上で公開できる。

    また、治験への参加を希望すれば、同サイトから治験を計画している医学研究機関や医師を紹介してもらえる。

    このサービスを立ち上げたのは、不動産デベロッパーとして成功していた米国のRobert Shelton氏だ。

    同氏がサービスを開始したきっかけは、出生前の長男が「クラインフェルター症候群」を患っている危険があると診断された1998年にさかのぼる。クラインフェルター症候群とは、男児約1,000~2,000人に1人の確率で発生する、正常な男性の性染色体「XY」が「XXY」になることで生じる一連の症候群だ。

    Shelton氏は生まれてくる息子のために最善の治療法をオンラインで探そうと考えたが、自分たち家族の情報を教えたために、プライバシーを侵害されることになるのではないか、という不安にかられた。

    この体験からShelton氏は個人のプライバシーを犠牲にすることなく、有用な医療情報を公開し、共有できる方法はないかと模索し、結局は自分で秘密情報用の検索エンジンを開発してしまった。

    2006年には自らが創業者兼CEOとなり、Private Access社を創業し、2008年には、個人が自分の健康状態に関する問題を匿名で記述し、どういう人たちに情報へのアクセス権を与えるかを設定・管理できるウェブサービスを公開した。

  • 治験を求める研究者と患者さんとをつなげる

    Private Access社は、患者さん向けに「TrialsFinder」、研究者向けに「RecruitSource」というサービスを提供している。この2つのサービスの利用者をつなぎ、新しい治験を計画している医学研究機関や医師と、治験に参加を希望する被験者をマッチングしているのだ。

    (出典: TrialsFinder

    TrialsFinder」は患者さんの側から自分の病気に関係のある治験を検索できるようにしたサービスだ。現在はβ版で、Private Access社がパートナーを結んだGenetic Alliance社によって運営されている。

    このサービスを利用するには、PrivateAccessにアカウントを作成し、健康に関する一連の質問に回答する。

    質問は「何らかの疾患や症状があると診断されたか?」から始まり、生活習慣や誕生時の両親の年齢など、回答によって設問も変化していく。

    回答を終えたら、個人情報や病状に関する情報どの範囲まで、どういう人たちにアクセスを許可するかを設定する。この設定はその時々の状況に応じて随時変更することが可能だ。

    設定後はいつでも現在進行中の治験や近い将来に予定されている治験を検索し、参加を申し込むことができる。

    (出典: RecruitSource

    もう1つのサービス「 RecruitSource」では、医学研究機関や医師などに向け、治験に参加する患者さんを募集するためのシステムを提供している。

    この「RecruitSource」が先に紹介した「TrialsFinder」と連動することで、研究者は、条件に当てはまる患者さんに効率よくサンプル提供を要請でき、患者さんが望む場合は直接連絡を取ることも可能となる。

    米国の医療業界では、治験に年間700万人程度の参加者を必要とするため、相当な時間と費用が参加者を集めるためだけに使われている。

    従来の方法で治験の参加者を求める場合、1人につき約1800ドルの費用と半年から1年の時間を要するとされているが、RecruitSourceを使えば10分程度で参加者を見つけることができ、料金も従来の10分の1になると謳っている。

    RecruitSourceの入力フォーム(出典:YouTube「 See How RecruitSource Works」)

    Private Access社は上記の治験マッチングサービスの他にも 「RecordsAgent」という、患者さんや研究者など、特定の疾患に関して情報を得たい人たちがリクエストを出し、該当する情報を持つ人とやり取りを行えるサービスも提供している。

    従来、この種のやり取りは電話やFaxを通じて行われていたが、このサービスを利用すれば、手間も時間も大幅に短縮できるとのことだが、個人のプライバシーを確保するという性質もあってか開示されていない情報も多く、残念ながらこちらのコミュニティを見る事はできなかった。

  • 治験への参加、医療情報の共有を妨げているものとは

    進行癌の臨床試験のための啓発ネットワーク「 ENACCT」は、治療の選択肢の1つとして治験への参加がある、という認識が一般的に低いことを指摘している。治験に参加する患者は全体のわずか3%であり、マイノリティの場合はさらに率が低くなるという。

    また、the Institute of Medicineがスポンサーとなって実施した2008年のアンケートでは、過去に治験への参加を拒否した理由として、7つある選択肢の中で「個人情報が漏洩する懸念がある」が最も多く選ばれた。次に多かったのは「参加にはリスクがあり、苦痛や不快を伴うかもしれないから」だった。

    PrivateAccessは個人情報を開示する対象を患者側が管理できるようにしたことと、患っている疾患に関係してどのような治験がいつ行われる予定かを効率的に知らせ、応募の手続きを簡易化したことで、治験の参加者を増加させる効果が期待できる。

    また、患者さん同士や患者さんと医師や医療機関の間で症状や治療について情報を交換する場としても、PrivateAccessは有効だ。

    最後に日本である60代後半の婦人から聞いた話をご紹介する。

    婦人は背中や腰に痛みを感じるようになり、ある病院の整形外科で検査を受けたが、骨にも筋肉にも異常はないと言われた。通院を続けたが症状は一向に改善せず、医師からは「老化現象ですよ」の一言で片付けられてしまった。

    数カ月後、その婦人は偶然のきっかけから良性の脳腫瘍を患っていることが分かり、摘出手術を受ける。手術は無事成功し、同時にそれまで悩まされていた体の痛みも消えた。

    「ああ、あれは脳腫瘍の症状のひとつだったのだ。原因不明の痛みに悩まされている人の中には、私のように脳腫瘍を患っている人もいるのかもしれない。『老化現象』と診断した医師に、私の事例を伝えれば、将来、役に立つこともあるのではないだろうか」と考えたが、結局、その女性は病院に連絡する決心がつかなかった。

    「誤診をした」とクレームをつけていると誤解されて、またお世話になる可能性があるその病院や医師との関係がまずくなることを恐れたからだ。

    こんな場合にもPrivateAccessのように、個人を特定される心配なく、患者や医師、その他の医療関係者が自分の経験や発見を投稿して共有できるサービスがあれば、蓄積する価値のある医療情報が失われずにすみ、医療の質を高める役に立つはずだ。

    日本でも、このようなプラットフォームの登場を期待する。

 
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