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第8回
電子カルテの歴史

日本で電子カルテの利用を法的に認める通知が政府から出された1999年から15年以上が経過した。
2001年12月に厚生労働省が策定した「2006年度までに全国の400床以上の病院の6割以上に普及」という目標は現在もまだ未達成だが、医療機関が電子カルテを導入するための環境は徐々に整いつつある。
電子カルテの開発の歴史に大きな影響を与えた出来事を簡単にふりかえる。

  • アクロン小児病院での実験的なプロジェクト

    世界初の電子カルテシステムとしては、後述する「PROMIS」が最も有名である。PROMISの開発は1969年に米国のバーモント大学で開始された。

    しかしPROMISより前の1961年に、米国オハイオ州のアクロン小児病院(Acron Children’s Hospital)がIBM社との共同プロジェクトとしてコンピュータをベースとするカルテシステムを実験的に導入していたことはあまり知られていない。

    1962年2月18日のプレスリリースには、医療機関では、手書きのカルテにより夥しい量の事務作業が発生しており、医師や看護士が書類の山に埋もれていると記されている。アクロン小児病院では、1人の患者に対して50種類もの書類が作成された例もあったという。

    同院の当時の管理者、ロジャー・シャーマン(Roger Sherman)氏は「手書きのカルテにより生じる事務作業の大半を機械化することができれば、医師や看護士はより多くの時間を専門的なトレーニングを活かして、患者により細心のケアをよりダイレクトに与えることができるだろう」とこのプロジェクトの目的を語っていた。

    当時、米国の大型病院では、気送管(専用の筒に入れた書類を圧縮空気または真空圧を利用して管を通じて輸送する手段)や荷物用小型エレベーターなどを利用して、院内で紙のカルテを運搬していた。

    (Mayo Clinicで導入されていた気送管システム。出典:Mayo Clinicのホームページ

    アクロン小児病院はこのような気送管や書類用エレベーターを撤去し、代わりにIBM RAMAC 305などの入出力端末15基を設置。看護士や医療助手が患者から伝えられた情報をこれらの端末に入力するようにした。

    (アクロン小児病院のプロジェクトを伝える映像、出典:YouTube

    コンピュータ導入による事務作業の効率化と同時に、ペーパーレスによる資源の節約効果も期待されていたのだ。

    残念ながら、現在のアクロン小児病院には、およそ50年前に行われたこのプロジェクトがどのように帰結したのかを知る人はいないようだ。システムの設置や人員の訓練にかかるコストなどの理由から、途中で頓挫したのかもしれない。

    1962年の時点で、このプロジェクトの推進者たちは「1970年までには、全米のすべての病院から紙媒体のカルテは消えるだろう」と予測していた。

    しかしロバート・ウッド・ジョンソン財団の2012年の調査によれば、電子カルテ(EHR:Electronic Health Record)システムを導入した米国の病院は全体の42%となっており、紙媒体から電子媒体への移行は、日本と同様、米国でも依然として進行の過程にある。

    実は医療業界は電子化の波に最も遅れている業界の1つと呼ばれている。手書きからコンピュータ入力に転換することに拒否感をもつ医師が意外と多いこともこの原因にあるようだ。

    そのため医療機関での電子化は請求書の作成や患者の登録の分野がカルテよりも先行した。

  • 患者の問題を体系的に解決することを目指した電子カルテシステム「PROMIS」

    アクロン小児病院での実験的プロジェクトが「医療現場における事務作業の機械化」の必要を認識したことが出発点だったのに対し、初の電子カルテシステムとして広く知られる「PROMIS(Problem-Oriented Medical Information System:問題志向型医用情報システム)」は、医療の質を高めるために従来のカルテの記載法そのものに改革の必要を感じたことがきっかけになっている。

    1960年代、米バーモント大学に勤務していたローレンス・L・ウィード(Lawarence L. Weed)教授は、臨床医学の講義を担当した際、「医師、医学生、インターンはほぼ不可能な任務を課されている」ことを発見した。

    科学者は1つの時点で1つか2つの問題に集中して取り組むことが普通だが、医師は患者が抱えているあらゆる問題に同時に対処しなければならず、その範囲は肉体的な問題から精神的・社会的な問題まで多岐にわたる。1つの問題が別の問題と絡んでいることも多い。

    例えば、患者に最初に発生した問題が「肺炎」だったとしても、その後、その患者に「家の暖房が切れる」という問題も発生した場合、暖房の問題を解決しないことには、肺炎の問題も解決できない。

    また、「胸部の痛み」には100以上もの異なる原因が考えられるが、医師がその全部を頭に記憶しておき、「胸が痛い」と訴える患者に出会ったとき、即座に記憶から取り出すことは難しい。

    医療の現場で必要なのは特定の症状に対して考えられるあらゆる原因を記録しておくためのシステムだとウィード教授は考え、1968年と1969年に論文を発表して、患者の視点に立って、患者の抱える問題を解決するための体系的なカルテの記載法としてPOS(Problem Oriented System:問題志向型システム)を提唱した。

    それまでカルテの記載法には特に決まりはなく、医師の裁量に任されていた。

    POSは患者が持つ問題点を列挙するプロブレム・リストを作成し、問題ごとに「subjective(主観的データ=患者の言ったこと)」「objective(客観的データ)」「assessment(評価)」「plan(計画)」を記入していくことを医師や看護師らに求めた。この記載法は4つの記入項目の頭文字をとって「SOAP note」と呼ばれることもある。

    ウィード教授が考案したPOSは教育効果が評価されて、全米に広く普及した。日本にも、聖路加国際病院の日野原重明医師の著書によって1973年に紹介され、現在でも各地の大学病院などで採用されている。

    (患者の診療経過や症状・所見などの記録を体系的に取ることの重要性について
    アトランタ市のエモリー大学でレクチャーするウィード教授(1971年)、出典:YouTube

    もともと「POS」の概念は理工学系分野で誕生したもので、ウィード教授はその概念を医療分野にも応用できると考えたのだ。そのためウィード教授の論文は医療分野を超えて、多くの研究者や技術者たちの関心を集めた。

    まもなくコンピュータ技術者のジャン・R・シュルツ(Jan R. Schulz)氏らがウィード教授と協力して、POSをコンピュータ化した「PROMIS」の開発に着手し、完成したシステムが1976年にバーモント医療センター病院で実用化されるに至った。

    PROMISはタッチスクリーン(CRT)を備えた対話型システムで、端末から患者個々人の情報を入力すると、構造化ファイルとしてシステムに格納される仕組みになっていた。

    PROMISの研究はやがて資金難になり、1982年に中断されたが、PROMISの概念と手法は内外の電子カルテシステムの多くの研究者に影響を与えた。

  • PROMIS以後

    PROMISは研究者を魅了することには成功したが、その魅力を医師に十分に納得させることはできなかった。PROMISの電子カルテの書式(SOAP note)が、医師が現場で慣れ親しんでいる書式と異なっていたため、避けられた面もあるようだ。

    しかしそれよりも大きな原因は、おそらくは当時はまだコンピュータの価格が高く、コスト面で一般の病院が導入に踏み切るだけのメリットが感じられなかったことにあるだろう。

    電子カルテへの移行がより現実的な選択肢として真剣に検討されるようになるには、1980年代後半の低価格パソコンの登場まで待たなければならなかった。

    さらに1990年代に出現したインターネットは、オンラインでの速やかな情報のアクセスや共有を可能にした。

    上で紹介したアクロン小児病院は、現在では、場所を取る大型コンピュータではなく、次の写真のようにパソコンやiPadのタブレットを使って電子カルテを実現している。

    (出典:『A Smarter Planet Blog』)

    50年前に先駆者たちが描いた未来に、時代がようやく追いついてきたと言えるのかもしれない。

 
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