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第7回
世界のモバイルヘルス事情

海外で広く注目を集める、モバイル機器を利用した医療サービス「モバイルヘルス」。
先進国でも新興国でも期待されるその役割と効果、これからの行き先とは?

  • 海外では、モバイル機器を医療サービスに活用することをモバイルヘルス(mヘルス)と呼び、医師はじめ医療関係者の注目を集めている。

    モバイルヘルスというと、筆者などはWi-Fi接続、HD画質のカメラやビデオなどの多くの機能を搭載したタブレットやスマートフォンを用い、画像を見せながら患者さんに症状を説明したり、ベットサイドで電子カルテを閲覧するといった用途を思い浮かべてしまうが、実態は少々異なるようだ。

    WHO(世界保健機関)の定義によると、モバイルヘルスとはモバイル機器を医療サービスに活用することで、たとえばコールセンターや診療予約など、通話やテキストの送受信のみが行える携帯端末でも対応できる業務分野での活用もモバイルヘルスの範疇にあるという。

    本稿では、世界の医療現場でモバイルがどのように活用されているかをテーマにして、その現状と今後の展望について検証する。

  • 先進国ではコスト削減、新興国では医療の向上と拡大に期待

    モバイルヘルス市場は、世界規模で大きな利益をあげており、今後も大きな成長が予想されている市場だ。

    Pricewaterhouse Coopersが2012年に発表した報告書「Touching Lives Through Mobile Health: Assessment of the Global Market Opportunity」によると、2013年の推定市場規模は45億ドル(約4,500億円)。2017年には現在の約5倍の230億ドル(約2.3兆円)に拡大する見込みとなっている。

    医療コストが膨れあがっている先進国においては、大型の専用機器を必要としないなどの理由から、コストを低減できるというメリットがある。世界最大のモバイル業界団体である英GSMAは、モバイルヘルスを採用することで、2017年までにEUの医療費のうち約1000億ユーロ(約13兆円)の健康管理コストが節約できるとの試算を発表している。

    一方、医師の絶対数が足りないなど、医療インフラが不足している新興諸国においても、モバイルヘルスへの期待度は高い。

    固定電話のインフラ整備と比べて大幅に設置コストが安く済む携帯電話は、アジアやアフリカなどの新興国で爆発的に普及してきた。アフリカでは2002年時の携帯電話の普及率は3~4%に過ぎなかったが、現在は60%に達しているという。しかしその一方で、医療の普及はまだまだ充分ではない。

    (ウガンダの道を走るライトバンに描かれた広告。「心行くまでSMSを使い倒す!」とある)

    これらの国々でのモバイルヘルスの役割は、携帯電話の機能を利用して、より多くの人々に医療を届けることだ。妊婦が知っておくべき情報をSMSで送信したり、テキストメッセージを通して、遠く離れた医師と患者さんがつながり診察を受ける、といった役割が期待されている。

  • モバイルヘルスが浸透している業務分野

    WHOが2011年に発表した報告書「mHealth:New Horizon for Health through Mobile Technologies」では、モバイルヘルスがどのような分野で多く利用されているかを知ることができる。これは国連加盟国114カ国を相手に、業務分野別にモバイルヘルスの導入状況を調べたものだ。

    2011年時点で、最も多かった利用例は、患者さんが医療機関に電話相談できるコールセンター(Call Centers)業務だった。その他にもフリーダイヤルの緊急電話サービスや電話やメールでの問診など、従来の携帯電話の機能を活かした利用が大勢を占めている。

    特に欧州では医療福祉や社会福祉が構造化されており、コールセンターの活用が広く浸透している。また北欧では、患者さんが医療機関を利用したい時には近くの町の病院や診療所に電話し、病気の重さによって市から県、県から国へのより高度な病院に移っていく、というシステムがある。

    コールセンターや診察予約など従来の携帯電話でも対応できる業務分野での導入は進んでいるものの、治療のモニタリングなど、スマートデバイスが必要になる業務分野での導入はあまり進んでいない。

    北米などではiPadを中心としたタブレット端末を試験的に導入した事例が多く見られるが、全米の医療機関13100施設を対象にしたアンケート調査では、タブレット端末などのモバイル機器を導入している施設は300で、全体の約2%に過ぎなかった。

    医師が個人でスマートデバイスを持ち込むケースを除いては、医療施設によるスマートデバイスの導入は実験段階であり、全面的な普及にはまだ時間が必要であるようだ。

  • モバイルヘルス導入の妨げとなっているもの

    モバイルヘルスの導入、あるいはスマートデバイスの医療分野での普及はコスト削減やより質の高い医療の提供において大きな可能性を秘めているものの、現段階ではまだまだ、乗り越えなければならない障害を抱えている。

    1つは現場でセキュリティを確保し、ガイドラインを整備するなどして医療関係者の使用上の懸念を解消すること。そしてもう1つが、法による規制や医師の診療報酬の問題をクリアすることだ。

    例えば、いまだ電話やメールによる医療相談や沿革的な画像診断は対面診察の対象外であり、サービスを行っても報酬を受け取れないケースが多い。また、韓国では対面診療ではない遠隔医療は長らく違法であり、2010年に法改正された現在も、適用範囲は医学的に危険性の少ない再診患者などに限られているという。

    まずはこうした複雑な医療産業のシステムを、どのように現在目指している医療ICTの形に合わせていくかが課題となるだろう。

    欧州では今後、EU全体でモバイルヘルスを含んだ医療ICTを普及させていく予定だ。医療関係者が国境を越えて遠隔医療を行ったり、EU加盟国内であれば、国民がその中のどの国においても自国と同等の医療サービスを受けられるシステムの構築を目指している。そのために法的に曖昧な領域を明確化していくという。

    EUと同様、米国や韓国なども医療分野にICTを導入するための政策や方針を掲げており、法的な整備は徐々に整っていくと考えられる。日本も例外ではないだろう。いつか来る法整備とモバイルヘルスの全面的な普及に対応できるよう、準備を整えておきたいところだ。

 
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