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Vol.6 「お口ぽかん」は○○のサイン

鼻腔、眼窩、頭蓋内を仕切る篩骨は非常に薄い骨でしばしば欠損も見られます。第1回でも触れたように、鼻副鼻腔の病巣には近接する眼、脳に影響を及ぼすリスクがあります。加えて、鼻炎などにより鼻呼吸が障害されると、口呼吸になって咽頭の乾燥や易感染性が助長されるだけでなく、脳機能にも悪影響が及びます。最終回では、口呼吸の弊害を踏まえて、鼻呼吸と鼻炎治療の重要性について考えたいと思います。

口呼吸は鼻呼吸よりも危険で非効率的

呼吸器としての鼻の機能は、吸気に対するフィルター、加温・加湿器、抵抗器としての役割など多彩です。鼻粘膜粘液は吸気中の微粒子や細菌を吸着、線毛運動で咽頭へと移送し、これらの有害物質は鼻汁や唾液によって除去されます。さらに、鼻粘膜に分布する海綿静脈叢・容量血管は、自律神経反射を介してスポンジ状に膨らんで吸気との接触を増やすことで、冷気を体温の約75%まで温めて肺へ送ります。鼻腺からの水分で湿度は90%近くに保たれます1)。対照的に、口呼吸ではより危険な低温の乾いた空気が吸入され、易感染性や心肺機能異常の要因になります。 鼻腔抵抗は全気道抵抗の50~60%を占めており()、鼻内気流と気道抵抗を調節し、胸郭の筋活動を高め、深くゆったりとした効率的な呼吸を可能にします。一方、口呼吸では鼻呼吸よりも空気抵抗は小さくなります。しかし、より浅く早い呼吸になるため、呼吸効率はむしろ低下して息苦しく感じると考えられています。鼻閉・鼻疾患は、動肺コンプライアンスや肺活量などに影響することが知られています。また、副鼻腔で産生される一酸化窒素(NO)は、血管拡張作用を介して肺胞末梢でのガス交換を促すと考えられています2)。口呼吸では下気道に流入する鼻粘膜由来のNOが減少するため、ガス交換が低下する可能性があります。

鼻炎の早期治療・鼻呼吸回復で全身ケア

これらを踏まえ、「鼻呼吸障害による息苦しさは、鼻のさまざまな生理作用が障害されていることを知らせるサインであると認識すべき」ではないでしょうか1)本コラムでも、鼻と脳は血管・リンパ管・神経などで交流し、密接な関係にあることをご紹介してきました(第1回3回5回)。鼻呼吸は、中枢の温度調節に関与しています。脳は高温にきわめて弱く、高体温時には鼻腔粘膜からの蒸散、気化熱で冷やされた静脈血が頭蓋内に還流することで脳温を調整します。 また、第2回でご紹介したように、脳と鼻の生体リズムは連動しています。ネーザルサイクルで右鼻呼吸優位時、左鼻呼吸優位時の脳活動はそれぞれ左脳優位、右脳優位となることが知られています3)

口呼吸では、脳保護に重要である鼻の脳温調節機能が障害されます。鼻呼吸障害によるネーザルサイクルの乱れは自律神経バランスにも影響し、集中力低下や睡眠障害などの鼻炎症状の増悪要因になります(第2回)。鼻呼吸障害により嗅神経を介した嗅覚入力が低下すれば、大脳辺縁系への刺激および精神活動が低下し、自律神経系、内分泌系、免疫系にも影響が及ぶ可能性が考えられます(第4回)。 脳および脊髄は、正常な状態では無菌状態です。しかし、鼻炎の放置などで、これらの脳への交通路に細菌が直接入り込むリスクを抱えることになります。副鼻腔炎や中耳炎からの浸潤でまれに頭蓋内感染が起こることがあります。また鼻呼吸障害は、口呼吸や睡眠中のいびきのほか、脳および体のさまざまな不調や機能障害のリスクに直結します。特に小児では鼻閉による口呼吸が原因で上下顎の成長が阻害されるため、将来の閉塞性睡眠時無呼吸症候群(OSAS)の原因となる可能性も示唆されています(第5回4)。鼻炎は早期診断でしっかりと治療し、鼻の優れた生理機能を取り戻して健康を守りたいものです。

参考文献:
1) 岡本美孝 編著: 耳鼻咽喉科・頭頚部外科Q&A, 中外医学社, 2013.
2) Settergren G, et al. Acta Physiol Scand 1998; 163: 235-239.
3) Frye RE, et al. Arq Neuropsiquiatr 2017; 75: 9-14.
4) Guilleminault C, et al. Arch Pediatr Adolesc Med 2005; 159: 775-785.
監修:
東京大学大学院医学系研究科 耳鼻咽喉科学教室 准教授 近藤 健二 先生