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vol.1鼻が脳の冷却装置!?

鼻は、呼吸を介して体の恒常性の維持に重要な役割を果たしています。吸気・呼気の状態をリアルタイムに調節するために神経回路が張り巡らされた、ダイナミックな組織と言えるでしょう。あまり知られていないことですが、鼻は空気の通り道というだけでなく、脳のラジエーターとして重要な働きを持っていると考えられています。本コラムでは、そんな脳と鼻の関係にフォーカスして、鼻の持つ役割を見つめ直していきます。

わずか数ミリの距離にある前頭葉と鼻粘膜

顔の断面像を見ると、鼻、眼、脳が近接していることがよくわかります。顔面の骨内に形成された副鼻腔は左右4対、計8個の空洞で、前頭洞と篩骨洞は眼球に隣接しています。鼻腔上壁と頭蓋腔との境は薄い篩板で仕切られており、大脳(前頭葉)と鼻粘膜との距離はわずか数ミリしかありません。その物理的な位置関係は、脳がすべての臓器の司令塔であるという以上の密接な関係をもたらすように見えます。もちろん、健康体であれば、双利共生の関係でしょう。しかし、鼻に問題が起これば、近接する脳も眼もマイナスの影響が避けられない場合があります。
鼻副鼻腔疾患の中で、脳・眼合併症の原因となる最も一般的なものが副鼻腔炎です。副鼻腔に感染が生じて換気排泄路が腫脹し、鼻漏、鼻閉、嗅覚障害、頭痛などの症状が見られます。炎症が広がると、髄膜炎や膿瘍などの頭蓋内合併症、眼窩内合併症や視力障害を起こす場合もあります。


選択的脳冷却機構と鼻粘膜の脳温調節機能

このように脳と鼻は密接な関係があり、鼻は脳の生理機能を保持する上でさまざまな役割を担っています。今回は、その中でも脳温度の調節機能について、永坂鉄夫氏の研究を中心にご紹介したいと思います。
脳は約20Wの熱を産生しますが、頸動脈からの毎分5Lの血流によって放熱されます。ただし、高温には脆弱で、脳温が40.5℃を超えると機能障害を来してしまいます。このため、鳥類や哺乳類では、激しい運動などによる高体温時の脳保護システムとして、体温とは独立して脳を冷却する選択的脳冷却機構(selective brain cooling; SBC)を備えており、ヒトのSBCには、頭蓋骨に開口した導出孔から頭蓋内の静脈網へと流入する導出静脈の血流増加と分時換気量の増加が寄与します。
具体的には、眼角静脈が眼角の位置で眼静脈に通じ、顔面や鼻粘膜で冷やされた静脈血の頭蓋内への流入量が増加します。脳温の指標とされる鼓膜温は、食道温に比べて高いですが、体温上昇時にSBCが作動すると、この関係は逆転します。高体温時には、前頭部の発汗が促進されるとともに、これらの静脈経由で頭蓋内への血流量が増加し、鼓膜温<食道温の関係が増強されます(図)。


高温時の脳保護に鼻呼吸が重要

SBCが有効に作動するには、頭蓋内に流入する静脈血が、頭部の汗の蒸散と上気道粘膜での水の蒸発によって十分冷却される必要があります。ヒトは運動などで高体温になると、分時換気量が著しく増加します。これは必要代謝量の増加に対する反応ですが、同時に鼻粘膜での冷却システムもフル稼働します。鼻粘膜の血流が増加して蒸散が促進され、鼻漏によっても粘膜への水分が供給されます。また、鼻粘膜と脳の前頭葉の距離が接近しているため、静脈血だけでなく、鼻腔と脳の直接的な熱交換によって脳が冷却される可能性も高いでしょう。
しかし、鼻閉により口呼吸となっている場合は、水の蒸散が十分にできないため、SBCにおいて効率的な静脈血の冷却が難しくなると考えられます。ヒトでは、口呼吸をすると鼻呼吸に比べて鼓膜温の上昇が大きくなることも示されています。つまり、SBCを有効に機能させるためには、頭部からの発汗促進とスムーズな鼻呼吸を実現することが重要になります。鼻閉を含む鼻炎治療は、高体温時に脳温を下げ、安全にスポーツを楽しむことや熱中症予防の一助になるのです。

参考文献:
1) 落合慈之監修: 耳鼻咽喉科疾患ビジュアルブック2011; 21-24.
2) 永坂鉄夫: 日生気誌2000; 37: 3-13.
監修:
東京大学大学院医学系研究科 耳鼻咽喉科学教室 准教授 近藤 健二 先生

SAJP.DLE.19.07.1700