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香りの世界をのぞく vol.6 ナルドの香油

12月はクリスマスを祝う月なのでイエスにちなんだナルドの香油を取り上げてみたい。

聖書の中にナルドに関する重要な記述がある。

イエスがベタニアでらい病の人シモンの家で食事の席に着いているときの出来事である。

「一人の女が、純粋で非常に高価なナルドの香油の入った石膏(せっこう)の壺を持ってきて、それを壊し、香油をイエスの頭に注ぎかけた。」この振る舞いを高価な香油を無駄遣いすると非難する人々に、イエスは、この人は前もって自分の埋葬の準備してくれたのだといった。(新約聖書 マルコ伝第26章)この情景は宗教画として数多く描かれている。

ここで言う女性は、イエスの弟子の聖女マグダラのマリアで、娼婦の生活から罪を悔い改め信仰の道に入り、イエスに献身的に仕えた、と伝えられる。

彼女の行いは、2つの意味を持っている。油を特に頭に注ぐのは、神に選ばれた人物を王とするという旧約以来の伝統から来るものと、イエスの葬りの準備である塗油が力によって王となるのではなく、死によってのみ王となること、とを意味している。

このあとマルコ伝は「最後の晩餐」、「イエスの磔刑」と続き「イエスの復活」で終わっている。

ナルドの一般名称はナルドあるいはスパイクナルドという。日本名は甘松香、英名ではspikenardという。ネパール、ブータン、ヒマラヤ山系の高山地帯が原産でゴボウに似た根茎と若い茎を乾燥して香料として利用する。また、根茎と若い茎の芳香成分を搾り、油に溶解する。

小指の先に付け、手の甲に塗ってみると、意外に滑らかで、広がる香りは、積み上げたワラを押し開けたときに感じるやや湿った感触の中に、弱い吉草根の香りを感じる。更に、インドネシアでとれる重要な香料素材であるシソ科香料植物パッチュリのウッディノートも持っている。注意して嗅ぎ込むと官能をそそる香りがひそんでいる。ナルドは古代ギリシャ、ローマ世界でも珍重され、裕福なユダヤ女性の間でも愛用されていた。あまりよいとは思えないこの香りも、暑さが厳しく乾燥した土地では、きっと貴重な素晴らしい香りと感じられたに違いない。

ナルドの有効成分はバレリアンの成分に近い。薬用に鎮静、鎮痛、利尿、胃腸薬として用いられる。日本には奈良時代8世紀中期の法隆寺資財帳 に初めて甘松香の名がある。仏教儀式の焚香料として用いられたと思われる。平安時代の薫物の処方によく使われている。

以前、ナルドはなかなか手に入らなかったが、近年は10グラム3000円ほどで流通するようになった。古くから珍重されていた香りを試してみるのも興味深いのではないか。